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最高裁判所第一小法廷 昭和63年(オ)1248号 判決

上告人

清 水 利 秋

上告人

清 水 利 一

右両名訴訟代理人弁護士

宅 島 康 二

被上告人

株式会社富士銀クレジット

右代表者代表取締役

秋 場 儀 夫

右訴訟代理人弁護士

馬 場 英 彦

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

京都地方裁判所が同庁昭和六一年(ケ)第一六四号不動産競売事件につき昭和六二年一一月五日作成した配当表のうち、順位一、二番の項記載の被上告人に関する配当部分を取り消し、順位三番の項中「配当等実施額」の欄の金額を「五、〇〇〇、〇〇〇円」と変更する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人宅島康二の上告理由について

一原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

(1)  上告人清水利秋は、本件不動産を所有していたが、これには、被上告人の訴外樋口に対する債権を担保するために一番の抵当権が、上告人清水利一の債権を担保するために二番の抵当権がそれぞれ設定されていた。

(2)  被上告人が本件不動産に対して申し立てた不動産競売事件(京都地方裁判所昭和六一年(ケ)第一六四号)において、昭和六二年三月一三日、被上告人を買受人とする売却許可決定がされたが、同月一八日、上告人清水利秋は、被上告人が予めその受領を拒絶していたので、被上告人に対して同日までの被上告人の抵当権の被担保債権の元本及び損害金並びに競売手続費用を弁済するのでこれを受領するよう催告し、これに対して被上告人がその受領を拒絶したので、同月二〇日、同月一八日までの被上告人の抵当権の被担保債権の元本及び損害金の合計七八二万七八九七円並びに競売手続費用としての四〇万円を供託した。

(3)  京都地方裁判所は、昭和六二年一一月五日の配当期日において、売却代金一一〇五万八〇〇〇円につき、被上告人に対する手続費用に三六万七八五五円を、被上告人の被担保債権の元本及び損害金の合計八三七万五九六二円への弁済に同額を、上告人清水利一の被担保債権の元利合計内金五〇〇万円への弁済に残余の二三一万四一八三円を、それぞれ配当する旨の配当表を作成した。

(4)  上告人らは、右配当期日において、それぞれ、本件配当表の記載のうち、被上告人への手続費用並びに抵当権の被担保債権の元本及び損害金への配当の全額について配当異議を申し立てた。

二右事実関係のもとにおいて、原審は、(1) 民事執行法(以下「法」という。)は、弁済受領証書の提出による競売手続の無制限な停止による弊害を是正するため手続停止文書の範囲を制限し(法一八三条)、代金の納付による買受人の不動産の所有権の取得は担保権の不存在、消滅により妨げられないと定めている(法一八四条)こと、(2) 法は、配当手続が開始された後においては、法三九条一項八号に掲げる文書の提出があっても、執行裁判所は、これを無視して配当等を実施すべき旨を定めており(法一八八条、八四条四項)、右の関係においては、被担保債権の弁済供託書も法三九条一項八号に掲げる文書と同様に扱うべきものと考えられることをあげ、右のような法の趣旨及び構成に照らして、配当手続が開始された後においては、関係人から弁済による被担保債権の消滅を主張し、これを根拠として配当表に異議を申し立てることは許されないとして、被上告人の手続費用請求権並びに抵当権の被担保債権の元本及び損害金がいずれも弁済(弁済供託)によって消滅したことを原因とする配当表の当該部分の取消し及び変更を求める上告人らの請求を棄却した。

三しかし、不動産競売手続における配当期日において、不動産競売手続を申し立てた抵当権者の債権又は配当の額に異議の申出をした債権者及び所有者は、配当期日までに抵当権又はその被担保債権が消滅したことを配当異議の訴えの原因とすることができると解することが相当であって、原審の右判断を到底是認することはできない。その理由は次のとおりである。

すなわち、法は、債権を有する者への正当な弁済を実現するため、法八九条において、債務者及び配当表の是正によって自己への配当額の増加が見込まれる債権者に対して、配当異議の申出により配当表中異議に係る部分の配当実施を阻止することを認め、法九〇条において、右異議に係る債権又は配当の額の存否を配当異議の訴えで確定することとしており、配当期日において配当表に記載された債権が存在しないことを理由として配当異議を申し出、その債権の不存在を配当異議の訴えの原因とすることができることは当然の事理というべきである。そして、右各規定は法一八八条において不動産競売について準用されるところ、その場合についてみても、法一八三条の規定は法一八一条一項の規定に対応して手続停止文書を限定する趣旨に出たものであり、法一八四条の規定は競売申立債権者の担保権の被担保債権の不存在又は消滅にかかわらず買受人の所有権取得を保護するとの趣旨に出たものであって、法一八三条及び一八四条の規定が担保権の不存在若しくは消滅の効果をその当事者間で主張することを禁じ、又は担保権を消滅させる行為を禁ずるものでないことは明らかである。また、法一八八条において準用する法八四条四項の規定の趣旨は、競売申立債権者について手続停止文書の提出があっても、他の債権者について右文書が提出された場合と同様に、手続の進行を止めないとすることにあり、もとより、手続停止文書を無視すべきことが定められているものではなく、あるいは右文書に係る事実の主張が禁じられることが予定されているものでもない。したがって、原判決がその論拠として引用する法の各規定は前記解釈と異なる解釈の根拠となるものではなく、さらに、法の規定中には競売申立債権者の担保権の不存在又は消滅を配当異議の訴えの原因とすることを禁ずる趣旨の規定は存しないというべきである。

右によれば、原判決には法一八三条、一八四条、一八八条、八四条四項、八九条、九〇条の解釈を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、原判決は破棄を免れない。

四そこで、前記事実関係に基づき、本件請求について判断するに、上告人清水利秋は本件土地の所有者として被上告人の抵当権の被担保債権を弁済する利益を有し、また、不動産競売手続が進行し一定の段階に至ったことをもって、被上告人が弁済受領を拒絶する正当の理由とすることはできないから、上告人清水利秋がした被担保債権額の弁済受領の催告は有効な提供ということができ、被上告人の受領拒絶を理由とする本件弁済供託により、被上告人の本件債権は消滅したといわなければならない。そうすると、上告人清水利秋の請求は理由があり、上告人清水利一の請求は、同上告人の請求額に満ちるまでの限度で被上告人への配当に不服をいうものと解すべきところ、すべて理由があるので、第一審判決を取り消したうえ、上告人らの各請求をいずれも認容することとする。

よって、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖 裁判官大堀誠一)

上告代理人宅島康二の上告理由

第一点 原判決は、法令の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一 原判決の確定した事実によると、被上告人の債権は、上告人清水利秋が昭和六二年三月二〇日、大阪法務局に弁済供託したことによって、全額消滅した。

しかるに、上告人清水利秋は物件所有者として、同清水利一は被上告人に劣後する根抵当権者として、京都地方裁判所が作成した配当表の配当額に不服があるため、被上告人の債権の消滅を異議理由として、その配当表の変更を求めて、本件配当異議の訴を提起したのである。

二 ところが、原判決は、

「旧競売法の時代においては、債権者の作成した債務弁済受領証書又は債務弁済猶予証書の提出による不動産競売手続の実行停止が無制限に許容された関係上これによる競売手続の遅延がしばしば問題とされたため、民事執行法はその欠陥を是正し、実行停止の許容範囲を制限した(同法一八三条)うえ、これらの文書は、売却許可決定が確定し、売却代金が納付され、買受人が競売不動産の所有権を取得した(同法七九条一八八条)後においては、右不動産の取得は、担保権の不存在又は消滅により妨げられないものと定める(同法一八四条)一方、代金納付により配当手続が開始された(同法八四条一項一八八条)後においては、同法三九条一項八号に掲げる文書(前掲債務弁済受領証書又は弁済猶予証書)の提出があった場合にも、執行裁判所は、その文書の性質上これを無視して配当等を実施しなければならない旨を定めている(同法八四条四項一八八条)のであって、被担保債権の弁済供託書のごときも右の関係においては当然同法三九条一項八号に掲げる文書と同様に取り扱うべきもの考えられる。

以上のような法の趣旨及び構成に照らすと、すでにして買受人が売却代金を納付し、配当手続が開始された後においては、関係人から弁済による被担保債権の消滅を主張し、これを根拠として配当に異議を申し立てることは許されないものと解するのが相当である。

そうだとすると、配当異議訴訟として、物件所有者からの弁済供託を理由に配当表の変更を求める控訴人らの本件請求は、それ自体失当である。」と判断している。

三 しかし、同法一八四条、同法八四条を根拠に、被担保債権の消滅を理由とする物件所有者や、後順位抵当権者からの配当異議の訴を、請求自体失当である、とした右判断は配当異議訴訟の何たるかを知らない全くの暴論である。

同法一八四条の立法趣旨は買受人の地位の保護であり、同法八四条四項の趣旨は、文書の性質上、このような文書が提出されても手続促進のため配当手続は実施するということである。しかし、配当に異議のある者は債権者でも債務者でも配当異議の手続によるべし、というのであって、弁済を理由とする配当異議も許されないということを規定したものではない。

四 任意競売における配当異議につき、旧法時、民事訴訟法の配当手続に関する規定の準用はないとするのが、大審院の判例の主流をなしていた(大判大正二年一〇月二八日民録一九・八七五、大判昭和一六年一二月五日民集二〇・一四四九)が、最高裁は初め、抵当権の実行による不動産競売手続において配当表が作成された場合、異議のある抵当権者は、抵当権者相互の抵当権の存否、順位、被担保債権の範囲、及び競売手続において配当を受くべき金額等を主張して、配当表に対する異議の訴訟を提起し得るものと解する旨判示し(昭和三一年一一月三〇日民集一〇・一一・一四九五)、抵当権者相互に争いがある場合に、異議のある抵当権者が配当異議訴訟を提起し得ることは明らかにし、次いで、債務者及び抵当不動産の所有者についても、配当異議の訴を提起し得る旨判示した(昭和四九年一二月六日第二小法廷)。

しかるに、配当異議に関する民事執行法八九条、九〇条、一八八条は、右最高裁の判例の趣旨に従って規定されたものである。すなわち、配当表について異議ある債権者、債務者、抵当権の実行の場合は物件所有者も、配当異議の申出及び配当異議の訴ができる旨、規定したのである。

そして、異議事由は、配当表に記載された各債権者の債権額、配当の順位等、配当表の変更を生ずる一切の事由で、担保権の不存在、消滅、配当の順位の誤り等が、その主たる異議の事由である。

五 本件においては、上告人清水利一は、後順位根抵当権で、被上告人の消滅した債権に対する配当の結果その配当額が届出額より少ないため、上告人清水利秋は、被上告人に対する配当がなかったら物件所有者として余剰金の配当を受けうるため、それぞれ配当表の変更を求めたものである。

そして、原判決が確定した事実からすれば、当然、配当異議の訴は理由がある。

ところが、原判決は、配当異議に関する右民事執行法の解釈を誤って、本件請求自体失当であると判断したのは、違法である。

原判決の見解によれば、抵当権者は、被担保債権について、債務者もしくは他の者から全額弁済を受けた後においても、更に配当を受けること、すなわち、二重払いを受けることができることになり、これに対して債務者、所有者は勿論のこと、後順位抵当権者でさえ、配当異議の申出及び配当異議の訴訟ができないことになり、配当異議を規定した趣旨は失われてしまう。

六 以上のとおり、原判決は、配当異議に関する民事執行法第八九条、同九〇条、同一八八条の解釈を誤ったもので、その誤りは、判決に影響を及ぼすことは明らかで、破棄されるべきである。

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